いちござむ

いつもは糖分けちってリンゴジュースといちごでつくるんすが、やはり砂糖のほうがうまい!な!(おせい)
前回までのあらすじ
親爺が再手術、でその週末に予定されている我々の結婚式には
当然でれなくなってしまったどころか、
その付き添いのため姉までもが欠席するかもしれないという報告のみで
母親の電話はきれた。
病状は?手術の内容は?ていうか医療ミスじゃねえのか?
かけなおすも携帯のかけかたはしっててもとりかたをしらない母のため
不通になってしまう携帯をもてあまし、途方にくれるさとうぎであった。
使えない携帯を手に服の山につっぷした俺に「ここで心配してても
しょうがないんだから、実家に帰りなさい」と諭すF氏。
「でも。。。式の準備が、、、あと引っ越しのじゅんびも、、」
「引っ越しは30日じゃなくて31日に延期しなさい。ぼくもてつだうから」
そう、社会人一年目はAPをやっていた俺は、引っ越し予備日をとっていたのだ!
そうときまれば、ってんで再度石巻へ。だが東京をでるまでに親爺の再手術はおわり、
どうやら命二関わるようなキケンな目にはあわなかったらしい。
それでもとりあえず石巻にかえり、いろいろ事情をきくと、
退院してからものを喰うと腸が激痛に見舞われる、という症状に
見舞われていたのだが病院に相談しても「喰うのが早すぎるからです」と
あしらわれるばかりでみてくれぬい、結局熱が40度にあがってからようやくctしてもろたら
術後の後が腸閉塞のような状態になっていたという
それって医療ミスじゃねえの!!!!???
とはぜっっっっっったいいにいわないさとうぎ家であって
勿論これまでの経緯とかほとんどしらない俺だから言ってるたわごとです。
でもさ、
医療ミスじゃねえの!???
おれが東京もどってるちょうどそのとき親爺が「もうだみだあ!」つって
ぴじゃまのまま病院にかけこんでいた、とか
俺が東京もどってつたやで「はれはれゆかいって誰がうたってんですかあ〜てか
だれのCDにはいってんですかあ〜あとらきすたのCDってどこにあんですか〜」
って管をまいてて結局どちらもかしてもらえなかったときママンと姉んが
血相かえて病院に居た、
とかえーとこれは俺へのバチですか???とか悶々としたもんで
そんなもんで俺がICUにはいれたとき、執刀医がいたらまずまちがいなく
SAW1〜4ばりの残忍さでなぐりかかっていたとおもうのだが
幸か 不幸かいなかった、だれも。で、式まであと4日、だったらそれまでに
回復するといいはるパパンに「あんたならまんざら妄想でもないかもね」と
ハゲを増しつつ、
こんなときにほんっとなんなんですが、人数変更が今日までなんです!
パパンはこれないとしてもおねいちゃんもこれないの?ほんとなの??
と全く人非人な質問をしてママンを困らせつつ、
とりあえず全てが保留のまま東京へもどる。
2次会の会場のプロジェクタにPCがつながんないかもしれないから
男根かってきて、とももちんにたのまれていたのだ。
あ、あと、二次会のバンド衣装もかわなあかんのだ。
あと二次会のおみやげも自分でつくるのだ。二次会のSEとBGMも用意せなあかんのだ。
ウェルカムボードも自作し、さらにももちゃん特権で印刷してもろたので
あさつーにとりにいかなあかんのだ。それをちんざんに搬入せなあかんのだ。
席札にメッセージもかきたいのだ。
そして引っ越しの用意は、まだなにもしていないのだ。
ゴミは会社後輩にあげるとはいえ冷蔵庫の中はまだまだモノでいっぱいなのだ!
そして最大の難関、両親への手紙、、、、
とりあえず、体中のケを剃りに、いかなくては。
人は2個以上のストレスがあると、死ぬという。
死ぬと、、い、、う。。。
つづく
そのころ東京はめっきり暖かくなってきており
明石から冬のコートしかもってきていなかったF氏は
わしがブライダルインナーを受け取りに行っている間
表参道にてスプリングコートを買おうとするも
その表参道クオリティーに惨敗。していたのであるが
パルコでむちゃくちゃ安いトレンチコートを誕生日に発見、いいきになるのであった。
以上これまでのあらすじ。
翌日、F氏らのバンドのスタジオの前後に2次会打ち合わせ。
圧倒的に二次会の打ち合わせの時間が足りない、、、不安がつのる。
あと、打ち合わせするたびに飲んでしまうのでせっかくつめた話も
翌日には忘れてしまっている自分にも不安がつのる。がとりあえず
三次会の場所もきまり、もう引き返せないかんじで週があける。あと五日。
とりあえず一旦明石に退却するF氏を送ってこようとしていると
ママンから電話。なんとパパがまた入院、てか本日緊急で再手術!?
つ・づ・く
一睡もせずそのまま帰るために風呂にはいっていると
もうれつに胃が痛くなってきた。
ちょっと横になろうにも十年つかったベッドはゴミ
にもってってもらったのでしょうがないので
床につみっぱなしの服の山にダイブ。
人は2こ以上のストレスがあると死んでしまうという。
冷蔵庫、、、、
ああリサイクル法を考えた奴をジグソウより非道い方法で
ぶっころしてやりてえ、、
気が付くとちょっと寝ていた。電話の音で目が覚めた。
くだんの会社後輩からであった
「あの、、昨日はすみませんでした。。やっぱり欲しいんですけど、、」
ここで張る意地など1ミクロンももっていないので、勿論快諾。
その瞬間胃の痛みは嘘のようにひく。
無事実家に帰り、親爺の病院を見舞い、ついでに
婚姻届にサインをもらう(なんか親的な人のサインが必要なのです)
と明日には退院できるとのこと
(ドレーンを外すのに再入院していた)で、調子こいて式で酒のむんじゃねーぞ!と
檄をいれておく。
んで、おばあの家で姉夫婦と宴会、翌日無事退院した
パパがもう運転する車で一緒に墓参り。なんと十年ぶりです。
旧上司は年に2回ちゃんと墓参りにいかないと体調が悪くなるという御仁で
おりましたのでこの「行かなさ」をきいただけで具合を悪くしておりました。
帰宅後、おばあに「こんな小春日和の〜穏やかな日は〜」みたいなシチュエーションで
これまでの感謝の意を述べようとしたところ、突如始まる
「ありえないぐらいの親戚(自分の娘とか孫)の悪口大会」
こ!これが噂の(俺は遠距離だから知らなかったが母や姉は常日頃これに
悩まされていたと言う)ブラック貞子か!!
流石タイミング悪星の王女様だよ、、と自分の境遇を呪いつつ
ホワイトにもどるタイミングを待つ間に茶を4リットルぐらい頂いた。
後日友人たちにきくところによると「老人は、悪口いわなくなったら病院へ」
とのことだったのでまだまだ安心だということがわかりほっとしたものであるが。
さて無事両親にも挨拶をすませ、東京へ戻る。
引っ越しの準備はこの段階で1ミリも進んでいない。
ようやく体もあいてきたのであの激動の日々を、いやさ暴動の日々をちょっとづつ思い出して
いこうかと模索中。ていうかあまりにも激動すぎてなかなかチルアウトできずに
そんなもんがあるのかしらんがアフターウエディングシンドロームとでも名付けたいような
PTSD的症状が抜けずに今だにユメに見る(式にだれもこない、とか悪夢系)ので
ちょっと文章化でもして毒抜きしたほうがいいんではないかとおもい。
3月19日。この日で会社を辞めるわけだがいわゆるリサイクル法により捨てると
莫大な金額のかかる家電を会社後輩に引き取ってもらえることになっていたのだが
その運搬手配を全部あんたがやってくださいといわれ無駄にキレてしまう。後悔遅く
会社後輩もぶちきれ、「こっちはあんたのゴミをひきとってやろうとしてんだ、なのに
めんどくせーとはなんだ。失礼だ。だったらそんなゴミいらぬい」と交渉決裂。
とりあえず新入社員に新たな交渉をもちかけるが冷蔵庫はいらないとのこと。冷蔵庫もらって
くれる人を探す旅にでると同時刻退職。二次会バンドのスタジオに赴く。
雨なのに、Pからいただいたルクルーゼが重い(ダブルミーニング)。
スタジオ自体は優秀な友人たちの尽力でさっくり完コピ。理想どおり。
だがコスプレに迷い最終的に「じゃあ(会社もやめたし)俺が調達してくるよ」とまた安請け合い
して帰宅。途中コットンに前金2万入金。さっき清算した経費にて。領収書はもらった瞬間
記憶から抹消され、明石に着くまで思い出されることはなかったという。。
最後の燃えるゴミのため一晩かかってできるかぎりの無駄なもの集め、そして早朝
ベッドとビデオのみデッキとDVDのみデッキを隣家の扉にたてかけて粗大ゴミ収集を待つ。
まだ雨が降っているのですぐびしょびしょになり、今回は泥棒も現れず。(前回はほとんど
パクられた。)ちゃんともってってもらったことを見届けた後、石巻へ旅立つのであった。
多分つづく。
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